「2016年3月-ルノワールの時代 近代ヨーロッパの光と影」のアーカイブ

就任1年目のマシュー館長に、美術に対する想い、ボストン美術館について、そして、初めての日本の印象を伺いました。

(昨年のマシュー館長就任に寄せた馬場駿吉館長からのお祝いの言葉はこちら

 

アートギャラリー・オブ・オンタリオ(カナダ・トロント)をはじめ、何年もの美術館勤務の経験をお持ちです

美術館勤務で大切にしていることは何ですか

 

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ボストン美術館 11代目館長 マシュー・テイテルバウム館長
名古屋で11年ぶりにやってきた、ボストン美術館の顔とも言えるルノワール《ブージヴァルのダンス》の前で

「アートは人々の考え方を変える」「アートは地域のコミュニティーを作る」「アートは新しい文化のつながりを助ける」という信条を大切にしています。

画家を父に持ち、私はずっと美術の世界を生きてきました。そんな私の経験を通して信じるようになったのが、作品と向き合うということは、目で見るだけではなく、作家が込めた想いや考えを知ることだということです。表現されているものが「作家にとってなぜ重要なのか」、この問いに真剣に向かい合うことで、同じ作品に出会った人同士の間に会話が生まれます。例えば、それが社会に対してどういう意味を持つか、などをテーマにして。その会話が生まれるために、美術館が果たす役割はとても大きい。社会に対する力強く前向きな貢献だと考えます。

 

ボストン美術館を誇りに感じるところはどこですか

ボストン美術館は偉大なコレクションを持つ素晴らしい美術館です。この1年間、館長として美術館で過ごしてきて、より一層その思いを深くしました。木の年輪のように、ボストン美術館は様々なコレクションを持ち、それらがしっかりと繋がり合っています。この素晴らしさをより多くの皆さんと共有したいと思ってい ます。

美術館で働くということは、大変光栄なことであると同時に、義務を負っているということだと考えます。作品を大切に保存し、記憶に残る形で広く公開する。ボストン美術館のスタッフがこの義務を果たそうとまい進する姿勢に、とても感心しています。

 

美術館の館長として、嬉しく感じる瞬間はどんな時ですか

一緒に働くスタッフたちが、自分の夢や志に気付いた時、そして、彼ら彼女らが仲間と共にそれらを実現していく姿を目にする時です。インスピレーションを受けて、チームが作られ、夢が達成される瞬間を目の当たりにできるのは嬉しいことです。

とても満足する瞬間は、美術館が“忙しくしている”時です。美術館が、美術にまつわる多様なアクティビティで活気づいている時にワクワクします。

 

ボストン美術館の45万点ものコレクションから選んでいただくのは難しいと思いますが、お気に入りの3作品を教えてください

答えになっていないと思われるかもしれませんが、実は一番のお気に入りは「私がまだ出会っていない作品」です。

美術館はいつも発見の場であるべきだと思っています。

 

しかし、せっかくの機会ですので好きな3作品をご紹介しましょう。  

 

ポール・セザンヌ《赤い肘掛け椅子のセザンヌ夫人》.jpg

ポール・セザンヌ《赤い肘掛け椅子のセザンヌ夫人》1877年頃
Bequest of Robert Treat Paine, 2nd 44.776
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

ますは、セザンヌが妻を描いた肖像画。質感を持ったリアルさと抽象的な要素が、夫人の衣服と壁の模様により共存しているところが気に入っています。

 

 

 

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ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー《奴隷船(死者と瀕死者を海に投げ込む奴隷商人、暴風雨の襲来)》1840年
Henry Lillie Pierce Fund 99.22
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

次に、命を表現したターナーの《奴隷船》。ぞっとする恐怖と美が表現されているところが好きです。

 

《アンクハフ王子の胸像》.jpg

《アンクハフ王子の胸像》前2520-前2494年
Harvard University—Boston Museum of Fine Arts Expedition 27.442
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

そして、なぜこんなに美しいと感じるのか分からないのですがエジプト美術の《アンクハフ王子の胸像》。きっと“リアル”だからだと思います。この場合の“リアル”とは内側からの動きを感じられる形を持っているということです。

 

はじめての日本と名古屋ボストン美術館の印象はいかがですか

暖かく歓迎してくださりありがとうございます。

日本文化の形は私にとって新しいものですが、日本文化が人間関係に基づいている、ということを感じ、とても親近感を感じています。人間関係こそが社会の中心であると信じているからです。

名古屋ボストン美術館は、よくまとまっており美しい美術館だと感じました。市内に溶け込み、市民の身近にあることも分かり、嬉しいです。美術館はいつも丘の上にある必要はなく、人々の生活の一部であるべきだと思います。

 

日本の来館者の皆さんにメッセージをお願いします

美術の可能性を信じてください。美術館は、皆さんが集まり、経験を分かち合い、想像力を祝福する場所として、皆さんをお待ちしています。

そうそう、ミュージアムショップでのお買い物もお忘れなく(笑)。

 

マシュー館長の美術に対する深い信頼を感じました。ありがとうございました!

「ルノワールの時代 近代ヨーロッパの光と影」展の担当キュレーター クレア・ウィトナーさん(元ボストン美術館 ヨーロッパ美術部 部員)が来日!

クレアさんに展覧会の見どころ、お気に入りの作品、ご専門などを伺いました。

キュレーターの仕事に就いたきっかけを教えてください
カリフォルニア大学ロサンゼルス校の大学院で研究をしていた時、J・ポール・ゲティ美術館で働く機会を得ました。当時、美術館はクリムトやシーレなどウィーン分離派による作品のコレクションを充実させるためドイツ語を話す人材を探していたので、ドイツ近代美術を専門としていた私にとってラッキーでした。理論や文献を介してではなく、実物の作品を扱いながら研究を行ったのは初めての経験で、作品の近くで働けることにやりがいを感じました。また、学術の世界では論文の執筆のために長期間ひとりで作業することがほとんどですが、美術館での仕事は館の人々と協力してひとつのものを作り上げていきます。私にはひとりの作業よりも人々とコミュニケーションしながら作品のそばで研究をする方が性に合っていたので、美術館でキュレーターとして働きたいと思うようになりました。

 

 

《クラヴァーデルからの山の眺め》.jpg

クレアさんとお気に入りの作品《クラヴァーデルからの山の眺め》
展覧会の中のお気に入りはどの作品ですか
ドイツで19世紀後半から20世紀初頭に活動したエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーによる、《クラヴァーデルからの山の眺め》です。展覧会の最後に展示されている、象徴的な作品でもあります。初来日のため修復され、作品の美しさをよりよくご覧いただけるようになりました。

 

ボストンの人々にとって、ルノワールの《ブージヴァルのダンス》はどのような作品ですか

 

ルノワール《ブージヴァルのダンス》.jpg

ピエール=オーギュスト・ルノワール

《ブージヴァルのダンス》1883年
Picture Fund 37.375

「ボストン美術館」と聞いて真っ先に思い浮かべる作品ではないかと思います。ヨーロッパ美術コレクションの顔です。ボストンに暮らす人々に限らず、作品そのものが持つ、明るく自由な魅力は、世界中から訪れる人々にとって一度見たら忘れられないのではないでしょうか。
「ルノワールの時代 近代ヨーロッパの光と影」という展覧会においても、展覧会を一番よく表している作品だと思います。女性がまとうドレスは最先端のファッションである一方、 男性が身に着けているスーツは流行とは関係のないシンプルなもの。そして、舞台はパリからほんの15kmでも素朴な雰囲気が残るブージヴァル。「都市」か 「田舎」のどちらでもなく、そのどちらも兼ね備えている作品です。

 

展覧会をどのように楽しんでもらいたいですか
まずは、Old Friend(馴染みの友達)に会いに来る気持ちで、ルノワール《ブージヴァルのダンス》を楽しみにご来館ください。すると、キルヒナーをはじめたくさんの New Friends(新しい友達)も皆様を待っていることに気付かれることと思います。特に、展示室の後半でご紹介しているドイツ表現主義の作家は日本ではあまり知られていないと思いますので、ぜひ最後まで新しい出会いを楽しんでいただけると嬉しいです。

展覧会を担当されて新しく発見したことはありますか
数ある所蔵品の中から出品作品を検討している時に、いくつもの作品に都市のランドマークとして同じモチーフが繰り返し登場することに気付きました。例えば、ロンドンの国会議事堂はモネの油彩とルペールの木口木版に描かれています。それらを見比べることにより、同じモチーフでも表現方法の違いで与える印象が全く異なることが分かります。それは、同じ「都市」でも作家によって見え方が違っていたことでもあり、大変興味深いです。

 

モネ《チャリングクロス橋(曇りの日)》.jpg

クロード・モネ《チャリングクロス橋(曇りの日)、1900年》1900年
Given by Janet Hubbard Stevens in memory of her mother, Janet Watson Hubbard 1978.465

オーギュスト・ルペール《夜9時の国会議事堂》.jpg

オーギュスト・ルペール《夜9時の国会議事堂》1890年

Gift of Eijk and Rose-Marie van Otterloo 2010.1314

 

《田舎で働く人々のための習作(箕をふるう人)》.jpg

作者不詳、出版者 オーギュスト・ジロードン

《田舎で働く人々のための習作(箕をふるう人)》1870年頃

Ernest Wadsworth Longfellow Fund 2002.52

《田舎で働く人々のための習作(箕をふるう人)》は、画家が田舎の風景を描く制作準備に使うために売り出された写真の内の1枚ですが、都市に住む人々の可笑しさが感じられます。都市の人々が“田舎らしい”写真を買って、田舎の風景をもっと描き、都市に住む人々に売る。都市の人々にとって田舎という場所がこれほどまでにファンタジー化されていた現実を垣間見ることができ、驚きました。

 

展覧会の副題は「近代ヨーロッパの光と影」ですが、

近代の「光」と「影」をどのようなところに見ますか
「光」 と「影」は常に揺れ動いていたと感じます。都市にも田舎にもどちらも存在していました。ミレー《木陰に座る羊飼いの娘》に代表されるように、田舎には穏やかさという「光」 がある一方、ウォルター・ゲイ《機を織る人》が描いた貧困という「影」があります。オスマン男爵による改造後のパリに代表される都市には、人々がにぎやかに交流するカフェや広場という「光」がある一方、貧困や幻滅という「影」が。そういった意味で、都市と田舎は対極にあるわけではありません。どちらかが 「光」でどちらかが「影」ということがないからです。

 

 

 

 

 

 

 

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ジャン=フランソワ・ミレー

《木陰に座る羊飼いの娘》1872年 
Robert Dawson Evans Collection 17.3235

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ウォルター・ゲイ《機を織る人》1886年

Gift of Mrs. Walter Gay 39.736

はじめての日本の印象はいかがですか
皆さんとても親切に暖かく迎えてくださり嬉しく思っています。都市で生まれ育ちましたので、同じく都市である名古屋で目にするあらゆるものに興味があります。お食事がとてもおいしいです!

 

クレアさん、ありがとうございました!

3月19日(土)に開幕する「ルノワールの時代 近代ヨーロッパの光と影」展において、11年ぶりに名古屋にやってくるボストン美術館・最愛のルノワール《ブージヴァルのダンス》。展覧会は、皆様を“ルノワールが生きた時代”にお連れします。ルノワールが生きた19世紀後半から20世紀初頭のヨーロッパは、産業革命により大きな変化を迎えていました。展覧会では、「都市と田園」をテーマに芸術家たちがとらえた近代ヨーロッパの光と影をご紹介します。現代につながる生活スタイルが生まれた近代において、芸術家は社会をどのようにとらえたのでしょうか。ルノワール、モネ、ミレー、ドガ、ゴッホらによる絵画、版画、写真の89作品でご覧いただきます。展覧会に寄せた馬場館長からのメッセージをご紹介します。

 

 

馬場館長(名古屋ボストン美術館).jpg

名古屋ボストン美術館 館長

馬場駿吉

19世紀後半のヨーロッパは、フランス革命の余燼(よじん)も収まり、新しい産業の興隆と社会の近代化が急速に進む時代を迎えました。劇場やショーを伴う酒場など様々な歓楽と社交の場も増えて、一般の市民もそれに参加出来るようになったのです。しかし一旦都市から離れますと、田舎に住む人の生活はまだまだ貧しさの中にありました。でもそこには都市生活者の疲れをやわらげる光やそよ風が溢れているのをあらためて認識することになり、美術家たちの関心も都市の様相の一方で、田園の風景や農事にいそしむ人の姿、あるいはそこを訪れ、心を解放する都市生活者の姿へと向かうようになりました。今回の展覧会はそのような時代を最もよく象徴するルノワールの《ブージヴァルのダンス》を中心とするボストン美術館所蔵名品によって、彼と同時代の作家たちが、その後現代まで受け継がれる“都市と田舎”というテーマにどのような視線を注いだかを見ていただけるように企画いたしました。どうぞお楽しみください。