展覧会の見所

-後期も必見、総入れ替え!! 尾形光琳「松島図屏風」30年ぶりに名古屋へ- 日本に残っていれば国宝や重要文化財の指定を受けてしかるべき作品の数々を、どうぞお見逃しなく!

「東洋美術の殿堂」 と称されるアメリカのボストン美術館には、10万点を超える日本の美術品が収蔵され、世界有数の規模と質を誇っています。この日本美術コレクションは、ボストン美術館草創期に在職したアーネスト・フェノロサや岡倉天心以来収集が続けられてきました。その中には、日本の美術を語る上で欠かすことの出来ない優れた作品が多く含まれ、近年の調査においても多くの重要な作品が見いだされています。

ボストン美術館は、作品保護の観点から作品の展示期間を厳しく制限しており、本展の開催にあたり、その出品作品のほとんどを、5年間にわたって公開を控えて準備をしてきました。また、ボストン美術館では、ウィリアム・スタージス・ビゲローのコレクション寄贈100年記念事業として、日本とアメリカの協力のもと未公開作品を含む大規模な修復事業を行ってまいりました。

本展は、修復された未公開作品を含む、日本美術コレクションの名品66件を前後期に分け厳選してご覧いただくものです。かつて海を渡った"まぼろしの国宝"とも呼べる日本美術の至宝が一堂に里帰りします。海外にある日本美術を蘇らせ日本文化の理解を深めることは、友好関係の一層の発展をうながすものとなるでしょう。

展示作品全リスト

前期作品リスト(PDF)後期作品リスト(PDF)
前期・後期で作品を入れ替えます。
※曽我蕭白筆「雲龍図」は前期・後期ともにご覧いただけます。
※前期は終了しました。(6月23日~9月17日)

主な展示作品

第一章 仏のかたち 神のすがた 奈良から鎌倉までの仏画に垂迹画を加え、日本に残っていれば重要文化財の指定を受けてしかるべき作品17点を紹介

後期
普賢延命菩薩像 [ふげんえんめいぼさつぞう]
1面 絹本着色、縦141.7cm 横88.3cm、平安時代・12世紀中頃

普賢菩薩は、病を消し生命力を増すという菩薩。二臂[にひ]の普賢延命像は天台密教で用いられ、二臂像に四方をかためる四天王が付いているものは非常に珍しい。白い肉身の隈取[くまどり]など艶っぽいまでの生命力が夢見るような美しさの中に満ちている。

前期で展示は終了しました
法華堂根本曼荼羅図 [ほっけどうこんぽんまんだらず]
1面 麻布着色、縦107.1cm 横143.5cm、奈良時代・8世紀

霊鷲山[りょうじゅせん]で釈迦が諸尊や衆生[しゅじょう]に囲まれ法華経を説く光景をあらわしており、日本のみならず東洋美術の歴史を語る上で重要な作品。背面にある久安4年(1148)の銘文により、かつて奈良・東大寺法華堂(三月堂)に伝わっていたことがしられ、「法華堂根本曼荼羅図」と称される。

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第二章 海を渡った二大絵巻 異なるコンセプトと手法で描かれた二つの傑作絵巻を堂々公開

平治の乱を濃密で計算された画面構成でダイナミックに描く

ハイライトの炎上場面と後半部分を<後期>は展示します。
平治物語絵巻 三条殿夜討巻
[へいじものがたりえまき さんじょうどのようちのまき]
1巻 紙本着色、縦41.3cm 横699.7cm、鎌倉時代・13世紀後半
前期で前半部分の展示は終了しました

平治元年(1159)に勃発した平治の乱は、その3年前に起きた保元の乱とともに、武士の台頭を示す大きな変革の一つであり、源平争乱の幕開けとなる戦いであった。「平治物語絵巻」はその約100年後に制作された絵巻で、もとは15巻近い大作であったと考えられるが、現在は3巻と色紙状に切断された数葉のみ現存し、別に2巻分の模本が伝わっている。
ボストン美術館が所蔵する「三条殿夜討巻」は、平治の乱のきっかけである藤原信頼[ふじわらののぶより]および源義朝[みなもとのよしとも]による後白河上皇の拉致と御所三条殿の焼討を描いている。政敵である信西[しんぜい]の首を求め三条殿を襲う信頼・義朝軍と、逃げ惑い命を落とす人々の様子がドラマティックに描かれており、合戦絵巻の最高傑作といえる。江戸時代には三河国西端[みかわのくににしばた](現在の愛知県碧南市)の本多家に伝来していた可能性が高いが、その後美術市場に放出され、フェノロサの手を経てボストン美術館の所蔵となった。

遣唐使・吉備真備の活躍をユーモラスに描く

吉備大臣入唐絵巻 [きびだいじんにっとうえまき]
4巻 紙本着色、平安時代・12世紀後半
前期で巻第1・第2の展示は終了しました

遣唐使として唐へ渡った奈良時代の学者・吉備真備(695~775)が、唐人の難問に不思議な力で立ち向かうという物語を絵画化した作品。後白河法皇の周辺で制作されたと考えられている。もとは全長24mを越える長大な絵巻であったが、現在は保存の観点から4巻に改装され保管されている。
唐に到着するやいなや高い楼閣に幽閉された真備は、そこで唐で客死した阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)の霊(幽鬼)に出会う。唐人は真備を試すため、難しい『文選』の解読や、囲碁名人との勝負を持ちかけるが…。後期ではいよいよ真備が唐人の難問を見事にクリアする名場面が繰り広げられる。

後期
巻第3 縦32.0cm 横721.8cm

巻第3(部分)

「真備殿、試験内容を探りに行きましょう」。超能力で空を飛び、阿倍仲麻呂の霊(幽鬼)の案内で学問所へ向かう真備。

後期
巻第4 縦32.0cm 横598.1cm

巻第4(部分)

囲碁名人と初心者・吉備大臣の対局。

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第三章 静寂と輝き〜中世水墨画と初期狩野派 鎌倉から室町時代にかけて、禅僧画家を中心に発展した水墨画の閑寂にして高雅な世界

後期
山水図 [さんすいず]
祥啓[しょうけい]筆、1幅 紙本墨画、縦39.1cm 横92.3cm、 室町時代・15世紀末~16世紀初

鎌倉の建長寺[けんちょうじ]の書記を務め、関東で活躍した禅僧画家、祥啓の代表作。中国・南宋の宮廷画家、夏珪[かけい]に由来する画法にもとづき、遥かに広がる水辺の景が描かれ、自然の崇高さが見事に表現されている。卓抜な筆致により空気の清浄さも感じられるかのようである。

前期で展示は終了しました
金山寺図扇面 [きんざんじずせんめん]
伝狩野元信筆 景徐周麟[けいじょしゅうりん]賛
1面 紙本金地着色、上弦49.3cm 下弦21.5cm 径18.7cm、室町時代・16世紀前半

中国の名刹、金山寺を金雲とともに鮮麗な彩色で描いている。賛者、景徐周麟の没年(1518)から、16世紀初頭の制作と推定でき、狩野派による金碧画[きんぺきが]の現存最古の遺品として重要である。今回の修復を経て、日本初公開。

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第四章 華ひらく近世絵画 近世絵画のスーパースター 個性豊かな作品の競演

30年ぶりに名古屋へ
後期
松島図屏風 [まつしまずびょうぶ]
尾形光琳[おがたこうりん]筆、6曲1隻 紙本着色、縦150.2cm 横367.8cm、江戸時代・18世紀前半

荒磯に島を配した「松島図」は、俵屋宗達をはじめとする琳派の主要テーマ。尾形光琳(1658~1716)も宗達にならって何度か描いたようだ。本図は、光琳独自の解釈を加え、ダイナミックで色彩感の強い表現が見られる。名古屋での公開は30年ぶり。

後期
鸚鵡図 [おうむず]
伊藤若冲[いとうじゃくちゅう]筆、1幅 絹本着色、縦106.3cm 横49.1cm 江戸時代・18世紀後半

精緻な花鳥図を得意とした伊藤若冲(1716~1800)の初期の作品。「動植綵絵」[どうしょくさいえ]に先行するもので、その中の一幅「老松鸚鵡図[ろうしょうおうむず]」には、本図を左右反転させた鸚鵡が描かれている。
羽毛はレースを思わせるような美しい描写となっている。

前期で展示は終了しました
龍虎図屏風 [りゅうこずびょうぶ]
長谷川等伯[はせがわとうはく]筆、6曲1双 紙本墨画、各縦154.2cm 横340.0cm、江戸時代・慶長11年(1606)

中国南宋の画家牧谿[もっけい]の「龍虎図」に学んで描かれたもので、奥ゆきの浅い空間に筆勢を強調して描かれた長谷川等伯(1539~1610)晩年の作風をよく伝える作品。68歳の年記がある。

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第五章 奇才 曽我蕭白 エネルギーに満ちたシニカルでユーモアのある曽我蕭白(1730~81)の世界

初公開
通期
雲龍図 [うんりゅうず]
曽我蕭白[そがしょうはく]筆、8面 紙本墨画、各縦165.6cm 横135.0cm、江戸時代・宝暦13年(1763)

1911年ボストン美術館に収められたときから、襖から剥[は]がされた状態で保管されてきた巨大な龍。今回の修復作業により公開が可能となった。伝来は明らかでないが、寺院の襖かと考えられる。34歳の作。

後期
風仙図屏風 [ふうせんずびょうぶ]
曽我蕭白[そがしょうはく]筆、6曲1隻 紙本墨画、縦155.8cm 横364.0cm、江戸時代・18世紀後半

一陣の風の中で剣を持つ中国の仙人陳楠[ちんなん]が、池に潜む龍を追い出して天の水門を開かせ、旱魃[かんばつ]を救う場面とされる。龍は黒雲となって画面の上に勢いよく昇る。水は激しく渦巻き、風に吹き飛ばされた従者や兎の表情も面白い。

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前期・後期で作品を入れ替えます。
※曽我蕭白筆「雲龍図」は前期・後期ともにご覧いただけます。
※前期は終了しました。(6月23日~9月17日)