日本画を彩った巨匠たち ~大観、栖鳳、球子~:見どころ

展覧会の見どころ
■横山大観、竹内栖鳳をはじめとする近代以降の日本画壇を代表する巨匠の作品など、24作家52作品を一堂に紹介します。
■愛知県芸大で教鞭をとった片岡球子の画業を、初期の作品から、《面構》シリーズや《富士山》シリーズなど代表作を網羅してたどります。
■北海道ゆかりの画家の作品により、北海道の雄大な自然や抒情的な風景を楽しみいただけます。

I. 近代日本画の黎明

近代の日本画は、明治時代に新しい日本画の創生を目指したアメリカ人アーネスト・フェノロサと岡倉天心によって開かれていきました。フェノロサの教えを受けた橋本雅邦は、天心を校長とする東京美術学校で教鞭を執り、横山大観や下村観山ら次世代を担う日本画家たちを世に送り出しました。
天心の掲げた新しい日本画の理想は、大観や観山らを中心とした日本美術院において開花し、その後の近代日本画の礎を築きました。中国の詩人・陶靖節(陶淵明)を主題とした大観と観山による双幅には、日本画壇を牽引した二人の個性が響き合っています。

横山大観 《陶靖節 幽篁弾琴》

横山大観 《陶靖節 幽篁弾琴》
1919年 154.2×70.5cm

下村観山 《陶靖節 見南山図》

下村観山 《陶靖節 見南山図》
1919年 156.0×70.5cm

橋本雅邦 《十牛図》

橋本雅邦 《十牛図》
明治中期 128.7×56.1cm

筆谷等観 《春寒賜浴》

筆谷等観 《春寒賜浴》
1924年 118.3×87.0cm

ボストン美術館と岡倉天心
東京美術学校(現東京藝術大学)や日本美術院の設立に携わった岡倉天心は、近代の美術教育を推進し、日本画壇を担う重要な画家たちを育て上げました。その一方で、1904年にはボストン美術館に迎えられ、中国・日本美術部長に着任し、「アジアはひとつ」のスローガンのもとで東洋の美術品の体系的な収集にも尽力しました。

II. 日本画の広がり~大正・昭和の日本画

大正・昭和を通して日本画壇は、数多くの個性的な画家たちを輩出しました。東京美術学校に学んだ松岡映丘は大和絵の復興に尽力し、映丘に師事した山口蓬春は、戦後モダニズムを取り入れた「新日本画」の創造に努めるなど、新しい日本画を求める様々な動きが見られました。
一方の京都では、「東の大観、西の栖鳳」と称されるように竹内栖鳳が京都画壇を牽引します。四条派に学び、西洋の画法を取り入れた新しい表現を模索した栖鳳の門下からは、北上聖牛を始めとする日本画家たちが育ち、その系譜は堂本印象らを経て現代につながっています。

松岡映丘 《村雨》

松岡映丘 《村雨》
1919年 137.3×50.3cm

山口蓬春 《浄境閑寂》

山口蓬春 《浄境閑寂》
1926年 113.6×56.6cm
©公益財団法人JR東海生涯学習財団

久本春雄 《鹿》

久本春雄 《鹿》
1935年 223.5×207.3cm

堂本印象 《四季図》

堂本印象 《四季図》
昭和初期 (各)127.0×28.0cm

竹内栖鳳 《家兎》

竹内栖鳳 《家兎》
1939年 61.5×72.5cm

III. 片岡球子

北海道に生まれた片岡球子は、女子美術専門学校(現女子美術大学)で日本画を学びました。卒業後は小学校教諭を勤めながら画業に励み、25歳で院展に初入選、47歳には大観賞を受賞して院展同人となりました。その後、女子美術大学教授を経て、愛知県立芸術大学の教授に招かれます。文化勲章を受章し、2008年に103歳で没するまで現役として作画に努めました。
球子には同じテーマで数年にわたって取り組んだ連作があります。特によく知られる連作に、歴史上の人物を取り上げた《面構》シリーズや《富士山》シリーズなどがあります。
落選の神様
球子は院展に入選を果たせない時期が長く続き、「落選の神様」とも呼ばれました。そんな中、師からは「片岡球子の絵は、片岡球子の絵でなければならない」と諭され、自らの信念を貫き通しました。型破りな構図、大胆な色遣い―球子の作品にのびのびと発揮される独創的な表現は、彼女自身が持つ個性を曲げることなく表現し続けた証といえるでしょう。
片岡球子 《山(富士山)》

片岡球子 《山(富士山)》
1967年 259.0×182.0cm

片岡球子《初夏》

片岡球子《初夏》
1956年 174.2×217.5cm

片岡球子 《葛飾北斎》

片岡球子 《葛飾北斎》
1976年 116.0×79.0cm

IV. 北海道の画家たち

戦後から現代にかけて活躍する北海道の画家たちも、明治に始まる日本画の流れの中に位置づけられます。北海道に生まれ、ゆかりのある画家たちは、美しく雄大な自然の風景や、時に厳しい風土をモチーフに多くの作品を発表しました。
北海道の自然と人々の営みを描いた本間莞彩、北海道の大地に生まれ育ち神秘的な自然を謳いあげた岩橋英遠、人間の生死や孤独を深く見つめた菊川多賀、そして北海道の風景を叙情的に描いて現在も活躍する福井爽人―新しい表現を追求する日本画の流れは、北海道の画家たちの中にも生き続けています。

後藤純男 《冬の層雲峡》

後藤純男 《冬の層雲峡》
2002年 128.8×192.0cm

福井爽人 《北の岬》

福井爽人 《北の岬》
1993年 71.7×89.9cm

岩橋英遠 《虹輪(極圏を飛ぶ)》

岩橋英遠 《虹輪(極圏を飛ぶ)》
1969年 181.5×105.8cm

岩橋英遠 《虹輪(来迎)》

岩橋英遠 《虹輪(来迎)》
1969年 182.0×105.0cm

岩橋英遠 《虹輪(南溟を翔る)》

岩橋英遠 《虹輪(南溟を翔る)》
1969年 182.0×105.8cm

北海道立近代美術館のご紹介
北海道立近代美術館のコレクションには、3つの大きな特徴があります。まず道立の近代美術館として、近代以降の北海道ゆかりの画家たちの作品。次に彼らが影響を受けたエコール・ド・パリの作品群。そして近代から現代にかけてのガラス工芸コレクション。こうして系統的に収集されたコレクションは、現在5,000点にものぼります。
北海道立近代美術館

終了した展覧会一覧に戻る

ページトップ



ページトップへ