ゴーギャンその生涯

ポール・ゴーギャン 1848-1903

1848年
パリに生れる。父はオルレアン出身のジャーナリスト、母はペルーの貴族の血統を引く女性解放運動家フローラ・トリスタンの娘だった。幼少期をペルーで過ごす。1855年頃帰国。
1865年
海員として商船に乗り組む。
1872年
パリで、株式仲買商となり経済的に成功、デンマーク女性メット・ガットと結婚。ピサロら印象派の画家たちと交流し、作品収集と制作を始める。
1879年
第4回印象派展に出品。その後1886年の最後の印象派展まで毎回出品。
1883年
職を辞して画家を志す。
1886年
ブルターニュ地方のポン=タヴェンに滞在。
1887年
パナマおよびマルティニーク島に旅行。
1888年
アルルでファン・ゴッホと短期間の共同生活。ゴッホの耳切り事件の後パリへ帰る。
1891-1893年
最初のタヒチ滞在。
1893年
帰国、パリのデュラン=リュエル画廊でタヒチで制作した作品による個展。
1893-1894年
『ノアノア』のための木版画を制作する。
1894年
ブルターニュに滞在。
1895-1901年
2度目のタヒチ滞在。
1897-1898年
≪我々はどこから来たのか≫を描く。
1898年
パリのヴォラール画廊で≪我々はどこから来たのか≫に9点の小品を組み合わせた個展。
1901年
マルキーズ諸島のラ・ドミニック島(現ヒヴォオア島)に移り住む。
1903年
心臓発作により死去。

ページトップ



ユーティリティナビゲーション
  • 関連イベント・お知らせ

ページトップへ