開館15周年記念 ボストン美術館 ミレー展 バルビゾン村とフォンテーヌブローの森から 2014年4月19日(土)~8月31日(日)

見どころ・音声ガイド・図録

展覧会の見どころ

  • ボストン美術館の三大ミレー作品、同時初来日! ミレー生誕200年を記念し、「ボストン美術館の三大ミレー作品」が日本で初めて同時に公開されます。
  • バルビゾン派の名作との共演! 19世紀フランス絵画史に名を残すミレーと同時代から後世の画家たちの作品により、ミレーとバルビゾンの画家の魅力に迫る! (出展作品:全20作家、油彩64点)
  • 世界に誇るミレー・コレクションから選りすぐりの作品を紹介! 初期から晩年の25作品を公開!ボストン美術館のミレー・コレクションとは?
  • 音声ガイド
  • 図録

ボストン美術館の三大ミレー作品

生誕200年《種をまく人》待望の再来日!!

薄暗い畑に力強く足を踏み出して種をまく男性。人物の息づかいまで聞こえてきそうな、迫真性と躍動感あふれるミレーの代表作のひとつです。

何の種をまいているの? ~小麦?ソバ?~

【小麦説】

「種をまく」農民の姿は、月暦画や聖書にも見られる伝統的なテーマです。キリスト教徒であったミレーが聖書から作品の主題を引用したとすると、農夫がまいているのは小麦と考えられます。

【ソバ説】

《種をまく人》は、ミレーが故郷ノルマンディにいた頃に構想されました。作品で農夫が歩く畑は決して肥沃には見えません。ソバは寒冷な土地でもよく育ち、ソバ粉のクレープ(ガレット)はノルマンディの郷土料理でもあるため、農夫がまいているのはソバである、とも考えられます。

発表当時の評価は? ~称賛と非難~

1848年パリ周辺で不況不作に苦しんだ労働者と小農民によって革命が起き、支配階級にとって農民の存在が脅威となりました。革命後の1850年、ミレーは名もない農民を英雄のように堂々と描いた《種をまく人》を発表しました。本作は革命と結び付けた解釈で賛否を呼び、世間の注目を集めます。また、当時絵画の主流ではなかった農民という主題に新たな価値が認められ、画家ミレーの存在を一躍有名にしました。

写真:ジャン=フランソワ・ミレー《種をまく人》

ジャン=フランソワ・ミレー《種をまく人》1850年
油彩・カンヴァスGift of Quincy Adams Shaw through Quincy Adams Shaw, Jr. and Mrs. Marian Shaw Haughton17.1485

晩年の大作《羊飼いの娘》-失われた作品《バビロンの捕囚》

本展出展のため修復後、初公開!

ミレー晩年の大作として知られる《羊飼いの娘》。本作の下に《バビロンの捕囚》が描かれていることが、1980年代に行われたX線調査で明らかになりました。ミレーは1848年のサロンに《バビロンの捕囚》を出品したことが知られていましたが長らく所在不明でした。同時に出品した《箕(み)をふるう人》に比べ評判が芳しくなかった同作は、ミレーが歴史画家ではなく、農民画家として生きていく決心を固める要因のひとつになった作品とも考えられています。

写真:X線によって見える《バビロンの捕囚》

X線によって見える《バビロンの捕囚》
Eijk and Rose-Marie Van Otterloo Conservator of Paintings Rhona MacBeth examining Young Shepherdess (about 1870-73, Jean-Francois Millet, French, 1814-1875, Gift of Samuel Dennis Warren, 77.249) at the Museum of Fine Arts, Boston 2013

写真:ジャン=フランソワ・ミレー《羊飼いの娘》

ジャン=フランソワ・ミレー《羊飼いの娘》1870-73年頃
油彩・カンヴァス
Gift of Samuel Dennis Warren77.249

ミレーの出世作《刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)》

本作でパリのサロン(官展)で初めて受賞を果たしました。

農場労働者の男女が、輪になって食事をしています。ミレーはこの作品のために50点以上の習作を描き、群像を画面の中央に配置するように慎重に計画して描きました。1853年のパリのサロンで二等賞を受賞した、ミレーの出世作といえる作品です。人物群を丁寧に描いた見事な構図はミレーの技量の高さを示しています。「ルツとボアズ」というタイトルは、ミレーが本作を描くにあたって旧約聖書中の「ルツ記」の場面を構想したことを示しています。

写真:ジャン=フランソワ・ミレー《刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)》

ジャン=フランソワ・ミレー《刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)》1850-53年 油彩・カンヴァス
Bequest of Mrs. Martin Brimmer06.2421

展覧会構成

Ⅰ章 巨匠ミレー序論 Introduction to the Master

ジャン=フランソワ・ミレーは、1814年にフランス北西部のノルマンディ地方で裕福な農家に生まれました。地元、そしてパリで美術の教育を受け、サロン(官展)に挑戦し続け、30代半ばで農村バルビゾンへ移り住みました。
第Ⅰ章ではミレーの若き日の自画像などを紹介し、巨匠ミレーの生い立ちをたどります。

写真:ジャン=フランソワ・ミレー《自画像》

ジャン=フランソワ・ミレー《自画像》1840-41年頃 油彩・カンヴァス
Museum purchase with funds donated by contribution93.154

Ⅱ章 フォンテーヌブローの森 The Forest of Fontainebleau

1849年にミレーが移住したバルビゾン村に隣接するフォンテーヌブローの森。パリの南東約60kmに位置し、王家の猟場として知られた森は、19世紀以降も美しく豊かな自然が守られ、多くの画家が訪れました。コロー、ルソー、ディアズ、そして若きモネといった画家は、奥深い森や岩場、周囲に広がる草原の情景を間近でスケッチし、また森に生きる農民の様子を描きました。第Ⅱ章では、自然や人々の現実の姿をとらえ、伝統に挑戦し、19世紀の絵画表現に新たな動きを生み出した画家たちの作品により、"ミレーが生きた時代"をみていきます。

写真:ジャン=バティスト・カミーユ・コロー《フォンテーヌブローの森》

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー《フォンテーヌブローの森》1846年 油彩・カンヴァス Gift of Mrs. Samuel Dennis Warren90.199

写真:テオドール・ルソー《フォンテーヌブローの森の薪拾い》

テオドール・ルソー《フォンテーヌブローの森の薪拾い》1850-60年頃 油彩・カンヴァス Bequest of Mrs. David P. Kimball23.399

写真:現在のフォンテーヌブローの森

現在のフォンテーヌブローの森。
森の入口にはミレーとルソーの記念碑があります。(2007年撮影)

写真:クロード・モネ《森のはずれの薪拾い》

クロード・モネ《森のはずれの薪拾い》1846年 油彩・カンヴァス Henry H. and Zoe Oliver Sherman Fund1974.325

Ⅲ章 バルビゾン村 The Village of Barbizon

バルビゾン村に住む人々は森や畑、水辺での仕事を生活の糧としていました。ミレーをはじめとするバルビゾン派の画家は、畑を耕し、種をまき、収穫する農民の姿をとらえ描きました。英雄のように堂々とした農民の姿には、美術作品の主題として新しい価値が認められるようになりました。第Ⅲ章では、近代化と共に失われてゆく伝統的な農作業、厳しい労働の尊さと美しさ、バルビゾン派の画家が見いだした農村の魅力をご紹介します。

写真:コンスタン・トロワイヨン《羊と羊飼いのいる風景》

コンスタン・トロワイヨン《羊と羊飼いのいる風景》1854年頃
Bequest of Thomas Gold Appleton 84.276

写真:ジャン=フランソワ・ミレー《馬鈴薯植え》

ジャン=フランソワ・ミレー《馬鈴薯植え》1861年頃 油彩・カンヴァス
Gift of Quincy Adams Shaw through Quincy Adams Shaw, Jr., and Mrs. Marian Shaw Haughton17.1505

Ⅳ章 家庭の情景 The Domestic Interior

ミレーは戸外で働く農民に加えて、室内で家事にいそしむ女性の姿も数多く描きました。幼い娘が年長の女性から裁縫の手ほどきを受ける場面や糸を紡ぐ女性の姿で素朴で質素な自給自足の生活を描いた作品は、同時代に都会で暮らす人々の郷愁を誘い、美術市場において人気を博しました。

写真:ジャン=フランソワ・ミレー《編物のお稽古》

ジャン=フランソワ・ミレー《編物のお稽古》1860年頃 油彩・板
Gift of Quincy Adams Shaw through Quincy Adams Shaw, Jr., and Mrs. Marian Shaw Haughton17.1504

写真:ジャン=フランソワ・ミレー《洗濯女》

ジャン=フランソワ・ミレー《洗濯女》1855年頃
油彩・カンヴァス 43.5×53.7cm
Gift of Mrs. Martin Brimmer 06.2422

Ⅴ章 ミレーの遺産 The Legacy of Millet

ミレーの作品はフランスのみならず、ヨーロッパそしてアメリカで展示され、認められていきました。1860年代半ばになると、ミレーは明るい陽光のもとで、たくましく生きる農民の姿を描き、同時に風景描写への関心を強めていきます。こうしたミレーの作品は、レルミットやデュプレといった画家に引き継がれていきました。第Ⅴ章では、現実を見つめ、晩年になっても新たな表現に挑戦したミレーの姿とともに、ミレーの作品が次世代の画家にどのように影響を及ぼしたのかを紹介します。

写真:ジュリアン・デュプレ《ガチョウに餌をやる子どもたち》

ジュリアン・デュプレ《ガチョウに餌をやる子どもたち》1881年 油彩・カンヴァス
Gift of Louisa W. and Marian R. Case20.1865

写真:ジャン=フランソワ・ミレー《縫物のお稽古》

ジャン=フランソワ・ミレー《縫物のお稽古》1874年 油彩・カンヴァス
Gift of Martin Brimmer76.1

写真:レオン=オーギュスタン・レルミット《小麦畑(昼の休息)》

レオン=オーギュスタン・レルミット《小麦畑(昼の休息)》1886年 油彩・カンヴァス
Bequest of Julia C. Prendergast in memory of her brother James Maurice Prendergast44.38

ボストン美術館のミレー・コレクション

ミレーの母国・フランス国外では最大級のミレー・コレクションを持つボストン美術館には、初期の重要な《自画像》から、代表作、亡くなったときにアトリエに残されていた最晩年の作品までミレーを語るには欠かせない作品が収蔵されています。アメリカ人コレクター達は1850年代前半から実際にバルビゾンを訪れ、ミレーと親交を深め、積極的に本国で紹介。ボストン美術館のミレー・コレクションは、熱心なコレクターを中心にボストン市民によって築かれました。

写真:ボストン美術館

ボストン美術館

写真:1900年頃のボストン美術館展示室の様子

1900年頃のボストン美術館展示室の様子。
ミレーをはじめ、バルビゾン派の作品が数多く並んでいます。
Paintings Galleries, Museum of Fine Arts building in Copley Square, c. 1900

音声ガイド

ミレーとバルビゾン派の名作に出会う旅にご案内します。
展覧会と作品の見どころと共に、ミレーとバルビゾン派にまつわる豊富なエピソードをお楽しみいただけます。

価格:500円(税込)
作品解説:25件(導入と章解説含める)

  • ※4F展示室にて貸出しをしています。

図録

ミレーの生涯、フォンテーヌブローの森とバルビゾン村に集った画家たち、ミレーに惹かれ影響を受けた人々など、ミレーをめぐるさまざまな物語をご紹介しています。ボストン美術館のミレー・コレクションの歴史もたどれる充実の1冊です。

価格:2,200円(税込)
ページ:173ページ
サイズ:A4変形判(約28×23cm)

<章構成>
  1. 第一章:巨匠ミレー序論
  2. 第二章:フォンテーヌブローの森
  3. 第三章:バルビゾン村
  4. 第四章:家庭の情景
  5. 第五章:ミレーの遺産